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温羅伝説を歩く-2
温羅の居城といわれる「鬼ノ城(きのじょう)」は吉備の中山のずっと北にあります。
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近年復元された西門です。
水城(みずき)、城山(きやま)などのように城=キですから、鬼の城は「城の城」です。
白村江の戦いの後に西日本に多数作られたお城の一つと考えられていますので、7世紀後半のものです。

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これがジオラマで、山頂部分をぐるりと取り囲んでいます。
先程の西門は左の端。
一番の見所は右端の「屏風折れの石垣」なのですが、無理に山に登らなくとも、鬼ノ城ゴルフ倶楽部のアウトの1番に立つと目の前に見えますよ。

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それはともかくこの日は快晴、左の一番奥に薄っすらと見えるのが小豆島。
その手前の中心は児島半島、やや右寄りの一番高い山が金甲山です。

鬼ノ城の北側の岩屋に行きました。
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岩屋寺から山を歩きました。

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「鬼の差し上げ岩」はどうしてこんな形に?

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臼のようなくぼみがあるから「鬼の餅つき岩」

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「八畳岩」「屏風岩」「汐差岩」と巨岩がゴロゴロと

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「岩切観音」が彫ってあるのですが。
いっぱい有り過ぎて全部は紹介出来なかったのですが、鬼の城がある山系はこんな岩山だというのをご記憶下さい。

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山道には温羅がイケニエを茹でた、という「鬼の釜」があるのですが、実際はずっと後世の新山寺の湯釜だそうです。

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麓の「阿宗神社」は温羅の妻の阿曽媛と関係があります。
この一帯の地名は「阿曽(あぞ)」で、吉備津神社の鳴釜神事でも「阿曽媛(あぞひめ)」が出てきます。
この辺りからは古代製鉄跡が多数発掘されたのですが、鬼ノ城ゴルフ倶楽部を造ったときにすべて破壊されました。

ちなみに吉備の国の枕詞は「真金吹く(まがねふく)」でして、古代から製鉄が盛んだったようです。

ー続くー





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野崎 和良

Author:野崎 和良
ウッディワールドのざき 取締役会長
生まれた所 : 岡山市下西川町(現 岡山市北区南中央町)
生まれた年 : 昭和26年

一番は趣味は読書。小学校のとき亡父が、山岡荘八の徳川家康全28巻を買っていたのを読み出しそれから歴史小説にはまり、山岡荘八、司馬遼太郎、山崎豊子などを読破。推理小説も好きで、内田康夫、横山秀夫などを読んでいる。変ったところでは、佐藤優などの思想書とか渡辺淳一も愛読している。
次は、旅行で国内は全ての都道府県を行き尽くした。海外では16歳でアメリカ本土に一ヶ月ホームスティしたのを皮切りに、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、ニュージィランド、オーストラリアはそれぞれ数回訪問した。又中国、韓国などの東アジア、タイ、ラオス、マレーシア、シンガポールなどの東南アジアは数十回訪問している。

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