2017/07
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東京に行きました-1
2月20日 土曜
28220-08
明日取引先の結婚式があるため上京。
次男宅でマイちゃんのお雛祭りをしました。
生まれて初めての体験です。
まあ花嫁姿や成人式は無理でしょうから、これから毎年の楽しみにします。

28220-17
ところで新幹線でこれを読みました。
目次のみ紹介します。

第一章 人類は美とどうかかわってきたか
第ニ章 形の美の変遷
第三章 数と図形の美
第四章 色と質感の考古学
第五章 美の人類史と列島史

著者は現在は国立歴史民俗博物館教授ですが、その前は岡山大学教授でした。
歳も私より10歳若く、岡大時代は何度も講演を聞きました。
このテーマは私も以前から興味があり、石器時代の石斧、縄文時代の土偶、石棒は
なぜあんなに凝って、仕上げる必要性があるのか疑問に思っていました。
すなわち、使うための物と見せるための物の違いです。
その答えを本書で得た思いがします。
興味がお有りの方にはお勧め出来ます。

*美の考古学ー古代人は何に魅せられてきたか
著者  :松木武彦
発行日 :2016年1月
発行  :新潮選書
発行所 :新潮社
定価  :1,300円〈税別)

よざんごとですが、古墳も見せるためのものだったと思います。
山の稜線上の古墳は領主が死んでも上から、自分の領地を見守るためのものという人もいます。
しかし、後継者が先祖の存在を、下から見上げさせるものだったのではないでしょうか。
今では木々に覆われている古墳も造られた時は、葺石で覆われていました。
さぞかし光り輝いて見えたと思います。
岡山県総社市で近年発見された古墳では、領地の側から見える部分だけ葺石があり
反対の見えない部分は、土で覆われたままでした。

また古代山城も同様に考えます。
朝鮮式山城、神籠石式山城は北部九州から瀬戸内海沿岸に分布して、大和の入り口の高安城で最後です。
天智天皇が白村江で敗戦後、防御のために築いたと云われていますが、
それならなぜ山陰に無いのか、という疑問がおきます。
日本地図を逆さまにすると、朝鮮半島から山陰地方はまさに一衣帯水です。
一番に防衛しないといけないのは山陰。
私はこれも下から見上げさせるもの、要するに権威の象徴だったと思っています。


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プロフィール

野崎 和良

Author:野崎 和良
ウッディワールドのざき 取締役会長
生まれた所 : 岡山市下西川町(現 岡山市北区南中央町)
生まれた年 : 昭和26年

一番は趣味は読書。小学校のとき亡父が、山岡荘八の徳川家康全28巻を買っていたのを読み出しそれから歴史小説にはまり、山岡荘八、司馬遼太郎、山崎豊子などを読破。推理小説も好きで、内田康夫、横山秀夫などを読んでいる。変ったところでは、佐藤優などの思想書とか渡辺淳一も愛読している。
次は、旅行で国内は全ての都道府県を行き尽くした。海外では16歳でアメリカ本土に一ヶ月ホームスティしたのを皮切りに、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、ニュージィランド、オーストラリアはそれぞれ数回訪問した。又中国、韓国などの東アジア、タイ、ラオス、マレーシア、シンガポールなどの東南アジアは数十回訪問している。

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