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鳥取池田家
2月13日 土曜
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岡山県立博物館で開催中の「鳥取藩池田家32万石」を見てきました。

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会場には草創期の書画など多数の展示があり興味深いものでした。
ただ撮影出来たのはこのレプリカだけでしたが。

岡山、鳥取の両池田家の関係を少々整理します。
岡山の初代藩主は池田光政公で、この方の曽祖父が池田恒興。
織田信長の乳兄弟でした。
信長死後秀吉に仕えますが、小牧・長久手の戦いのときに、長久手で戦死します。
このあとを継いだのが池田輝政。
輝政は関ヶ原で東軍につき、その後姫路城主になります。
この輝政には3人息子がいまして、
長男、利隆は輝政と一緒に播州姫路、
次男、忠継は備前岡山、
三男、忠雄は淡路洲本を、それぞれ領地にします。

ところが次男、忠継が早世したため三男、忠雄が岡山に行きます。
その後、輝政のあとを継いだ利隆も早世しますが、その息子、光政はまだ幼かったので
鳥取藩主に異動させられます。

ここで一応岡山、鳥取の両池田家が成立するのですが、岡山の三男、忠雄も早世します。
その息子の光仲が、まだ幼かったので、当時もう成人していた、光政と入れ替わります。
これでやっと、
鳥取池田家初代、池田光仲
岡山池田家初代、池田光政
が誕生します。

実は岡山では、三男、忠雄が亡くなる2年前に大事件がおきます。
荒木又右衛門の鍵が辻の決闘で有名な仇討の発端になる事件です。
映画や小説で人口に膾炙していますので、詳しくはのべませんが、
岡山藩士、渡辺源太夫が河合又五郎に暗殺されました。
この仇討を兄の渡辺数馬が命じられ、その姉婿の荒木又右衛門が助太刀しました。

ただその後の荒木又右衛門がどうなったか、ご存知でしょうか。
仇討の時は、すでに岡山と鳥取の藩主が入れ替わっていました。
従って、荒木又右衛門は鳥取池田家へ赴くのですが、鳥取で急死しています。
どうやら始末に困った鳥取藩が毒殺したのではないか、とも云われてもいますが、真実は闇の中です。

ところで、岡山という所は畿内と九州、四国と山陰を結ぶ交通の要だったのです。
徳川幕府の仮想敵国は西国ですから、そんな岡山に幼少の藩主では頼りなかったのでしょう。
鳥取の人には申し訳ないのですが、鳥取なら子供の殿様でも構わなかったのでしょうね。

28213-12
そんなこんなを考えながら、林原美術館の「戦陣に舞う揚羽蝶〈注)ー池田家草創期ー」も見学してきました。

*「鳥取藩池田家三十二万石」
会場   :岡山県立博物館
会期   :2月21日(日曜)
開館時間:9時30分~5時
休館日  :月曜
入館料  :250円

*林原美術館の企画展示は2月14日で終了です。
注:揚羽蝶は池田家の家紋
 

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プロフィール

野崎 和良

Author:野崎 和良
ウッディワールドのざき 取締役会長
生まれた所 : 岡山市下西川町(現 岡山市北区南中央町)
生まれた年 : 昭和26年

一番は趣味は読書。小学校のとき亡父が、山岡荘八の徳川家康全28巻を買っていたのを読み出しそれから歴史小説にはまり、山岡荘八、司馬遼太郎、山崎豊子などを読破。推理小説も好きで、内田康夫、横山秀夫などを読んでいる。変ったところでは、佐藤優などの思想書とか渡辺淳一も愛読している。
次は、旅行で国内は全ての都道府県を行き尽くした。海外では16歳でアメリカ本土に一ヶ月ホームスティしたのを皮切りに、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、ニュージィランド、オーストラリアはそれぞれ数回訪問した。又中国、韓国などの東アジア、タイ、ラオス、マレーシア、シンガポールなどの東南アジアは数十回訪問している。

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