2017/07
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九州へ行きました-1
7月28日 火曜
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明日長崎に用事がありますので、博多で途中下車「金隈遺跡」へ行きました。
場所は板付空港の少し南の、丘の上です。
このあたりの平野部には、魏志倭人伝中の「奴国」といわれる板付遺跡、須玖岡本遺跡などの弥生時代の遺跡があります。

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ここは埋葬遺跡で

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出土した情況が保存されています。

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こうした甕棺が北部九州の特徴です。

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出土した人骨は136体で、死亡年齢のピークは子供が1~6歳、成人が40歳位です。
甕棺の数は小児用が圧倒的に多く、小児の死亡率の高さが解ります。
また60歳以上生きたのが女性のみで、男性はだいたい40歳代には死亡していたようです。
これだけまとまったデータが採れると、面白いですね。

明治時代まで乳幼児の死亡率は高く、子供の無事成長を祈る習慣は七五三の儀式に残っています。
江戸時代250年間の我国の人口は3,000万人前後で殆ど変わっていません。
それが明治になってから、爆発的に増加しました。
昭和には7,000万人ですから、わずか60~70年間で2倍以上になりました。
この理由を明確に説明してくれる人はいませんか?
小児の死亡率が低下したせいだとは思うのですが、その理由が知りたいのです。
水道水を殺菌しだしたからだ、と云う人もいました。
もちろん医学的、経済的ないろんな要素が絡まっているのでしょう。
ちなみに私の亡父の兄弟は明治44年から大正14年にかけて6人産まれていますが、
全員88歳以上生きました。

*史跡 金隈遺跡、甕棺展示館
住所:福岡市博多区金の隈1-39-52
電話:503-5484
開館時間:9:00~17:00
閉館日:年末年始
入場料:無料

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次に王塚古墳へ行きました。
ここは装飾古墳として有名です。
この装飾古墳館にレプリカが展示してありましたが、
内部撮影はNG。

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中型の前方後円墳だったのですが、前方部は開発により破壊されていました。

*王塚装飾古墳館
住所:福岡県嘉穂郡桂川町寿命376
電話:0948-65-2900
開館時間:9:00~16:30
休館日:月曜
入館料:320円

ところで、毎日うだるような日が続きます。
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我が家の愛犬もいささか夏バテ気味。
土の上が冷たくて気持ちがいいのでしょうね。

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大元の宗忠神社は26,27日と夏祭りでした。
私は早朝まだ涼しいうちにお参りして、茅の輪くぐりもして来ました。
これから暑さ本番です、どうぞご自愛下さい。

ー続くー




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(非公開コメント受付中)

No title
以前何かの本で読みました(民俗学者の宮本常一のもの?)か、
明治に人口が倍増した理由は
①政府が富国強兵を掲げ、人口の増加を奨励した。
  このために農村で黙認されていた間引きが法律で禁止された。
②食料が足りなければ、藩と言う縛りが無くなリ人も物も移動できた。
  外国からも米・大豆・雑穀が輸入されるようになった。
③西洋の医学が入ってきて、衛生観念が改善した。
④軍隊の食生活が一般にも広がり、1汁1菜から副食を摂る様になった。  
⑤農村の生産性が上った、どの作物も自由に作れるようになり
  かつての藩を越えて種・苗の移動が自由になった。飢饉がへった。
等々だったと思います。
同じ様に日本が統治をしてから、朝鮮の人口も増えました。
  
   
Re: No title
> 以前何かの本で読みました(民俗学者の宮本常一のもの?)か、
> 明治に人口が倍増した理由は
> ①政府が富国強兵を掲げ、人口の増加を奨励した。
>   このために農村で黙認されていた間引きが法律で禁止された。
> ②食料が足りなければ、藩と言う縛りが無くなリ人も物も移動できた。
>   外国からも米・大豆・雑穀が輸入されるようになった。
> ③西洋の医学が入ってきて、衛生観念が改善した。
> ④軍隊の食生活が一般にも広がり、1汁1菜から副食を摂る様になった。  
> ⑤農村の生産性が上った、どの作物も自由に作れるようになり
>   かつての藩を越えて種・苗の移動が自由になった。飢饉がへった。
> 等々だったと思います。
> 同じ様に日本が統治をしてから、朝鮮の人口も増えました。
>   
ご指導ありがとうございました。
;野崎>    
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野崎 和良

Author:野崎 和良
ウッディワールドのざき 取締役会長
生まれた所 : 岡山市下西川町(現 岡山市北区南中央町)
生まれた年 : 昭和26年

一番は趣味は読書。小学校のとき亡父が、山岡荘八の徳川家康全28巻を買っていたのを読み出しそれから歴史小説にはまり、山岡荘八、司馬遼太郎、山崎豊子などを読破。推理小説も好きで、内田康夫、横山秀夫などを読んでいる。変ったところでは、佐藤優などの思想書とか渡辺淳一も愛読している。
次は、旅行で国内は全ての都道府県を行き尽くした。海外では16歳でアメリカ本土に一ヶ月ホームスティしたのを皮切りに、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、ニュージィランド、オーストラリアはそれぞれ数回訪問した。又中国、韓国などの東アジア、タイ、ラオス、マレーシア、シンガポールなどの東南アジアは数十回訪問している。

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